新着情報

右向きにシッツしている盲導犬のイラスト
ユーザー リレーエッセー "あいつと私"
このシリーズは、"あいつと私"と題して、使用者にいつも寄り添い、新しい世界へ導き、幸福な光景を見せてくれる盲導犬と使用者との幸福な日々や切ない別れなど、盲導犬と使用者の深く暖かい絆が綴られています。
最新号  第七話   "あいつと私"バックナンバーへ   読み物集のメニューページよりリンクしています。
次回更新は、9月の予定です。
 
ボランティア リレーエッセイ "ボクだって わたしだって おりこうなんだもん"
このシリーズは、盲導犬の繁殖犬、パーピー(盲導犬候補生)、キャリアチェンジ犬(盲導犬にならなかった犬)、盲導犬引退犬などのボランティアさん達による「うちの子自慢」と言うべきリレーエッセイです。
最新号  第五話  第四話
"ボクだって わたしだって おりこうなんだもん" バックナンバーへ   読み物集のメニューページよりリンクしています。
 
交流会開催費補助制度(平成28年6月1日改正)を更新しました。
 
会報 すきっぷ 44号 (抜粋版) をアップしました。 HPの窓から 会からのお知らせ 他
 
平成28年度 執行部組織
 
★ 第22回総会で承認されました、全日本盲導犬使用者の会 『規約』と『役員選挙管理規定』が更新されました。
 
新会長としての抱負と願い 郡司七重 2015年6月
 
★ 日本補助犬情報センター 「補助犬受入実態の把握および阻害要因の調査報告(補助犬ユーザーアンケート調査編)」(外窓で開く)
 
★ 全国盲導犬施設連合会 情報誌 DUET25号・盲導犬情報第16号 (外窓で開く)
 
歩行・お仕事中の盲導犬。お仕事中の盲導犬には、声をかけないでくださいね < m(__)m >
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鹿児島大会にて、盲導犬たち No,7鹿児島大会にて、盲導犬たち No,8

ユーザー リレーエッセー " あいつと私 "

"あいつと私" 第七話

あいつのクォーツと私の荒川 明宏 僕は覚えられないほど、いろいろな所に行きました。初めて遠くに行ったのは、あいつと生活を始めた2週間後でした。いきなり新幹線に乗って仙台とかいう所に行きました。初めて乗る新幹線で とても緊張をして、仙台駅を出てホテルに向かう途中でついつい気が緩んでツーをしてしまいました。
 一泊して東京に戻ったら今度は翌日に羽田空港です。椅子がたくさんならんだ狭い所に、僕は押し込まれました。
 なんだか新幹線とは違う揺れ方はするし、僕は椅子の間にいるのが窮屈になり、通路で寝てしまいました。そうすると怖いお姉さんに叱られ、僕はいやいや椅子の間にもぐりこみました。
 それから僕は数えられないほど新幹線に乗り、羽田空港から飛行機にも乗りました。あまりに数多く乗るので、東京駅も、品川駅も、羽田空港のカウンターも迷わず行けるようになりました。大阪の方から戻る時にはいつも品川駅を使います。その品川駅に着くと家に帰れるので、自然と足がルンルンして、楽しい気分になります。
 ところがある日、いつものように品川駅に着いたら、京浜急行の方に行こうと支持をするではないですか? 僕は慌てて、そちらは家ではありませんと教えてあげました。あまりにしつこく教えたら、とうとう怒られてしまいました。
 なんとそのまま京浜急行に乗って、到着したのはよく利用する羽田空港。また、いやな飛行機に乗って、何泊も家に帰れないのかと思ったらがっかりしました。
 それから僕は、外国にも行きました。ウィーンにも2回、北京にも2回行きました。今年もウィーンに一緒に行くと言っていましたが、僕の手続きが間に合わず、僕はお留守番になるようです。
 北京で思い出に残っているのは、北京の盲導犬ユーザーの家に遊びに行った帰りの出来事です。行きも地下鉄で来たのでそのまま電車に乗ろうとすると、僕たちは止められてしまいました。あいつの通訳のお友達がいろいろ向こうの人と話していますが、僕とあいつには中国語なのでさっぱりわかりません。僕たちの周りにはどんどん人が集まり、なんだか周りの人が大声を出したりとても普通ではない雰囲気。きっと僕のことは電車に乗せられないと言ったことで もめているのだろうと思いました。通訳のお友達は信頼できる人だからまあ、成り行きに任せましょうと僕はあきらめました。しばらくすると急に僕たちは周りの人に押されました。人の波に押されとても怖い雰囲気でした。そして、知らぬ間に自動改札を通り過ぎていました。通訳の友達が「少し走って」というので僕たちは急ぎました。どうやら市民の人たちが自動改札を押し開けて僕たちのことを中に入れてくれたようでした。とても感動するできごとでした。
 まだまだありますが、僕が一番心配したのは、ある温泉地でのできごとでした。いつものようにチェックインをすると、「盲導犬は外へ繋いでください」と僕のことを言っているではないですか? あいつは「ちゃんと盲導犬と泊まると言ったでしょ・・・」。温泉の番頭さんはそれでも盲導犬は外に寝る物だと思っていたと言って、一歩も引きません。僕はこのままだと外に繋がれるのかな、今から別な宿泊先は見つけられないだろうなあと不安でした。そうするとあいつは信じられないことをいうではないですか?「わかりました。盲導犬は外に繋ぐか、誰か預かってくれる人を近所で捜してきます。」
 「そんな!!!。」僕は思わず声を出しそうになりました。そうするとあいつは更に番頭さんに受かって「盲導犬はいつも24時間一緒にいます。今夜は盲導犬の代わりに夜は番頭さんが一緒に寝てくださいね」。それを聞いた番頭さんはびっくり!
 慌てて奥に消えてしばらく出てきませんでした。再び出てきたら番頭さんは「それなら盲導犬も一緒にどうぞ」だって。番頭さんと一緒に寝るあいつを からかうのも良かったのになあ。でも一緒に泊まれて安心。チェックアウトの時、番頭さんは僕に向かって「おりこうですね。また泊まりにきてね」だって。その後その温泉街には僕は行っていませんけど。


ボランティア リレーエッセー " ボクだって わたしだって おりこうなんだもん ! "

第五話 "わたしだって おりこうなんだもん !"

シンディと過ごした日々

出会い

自宅から近い所に古墳丘陵があり、散歩コースの1つになっています。写真は散歩の途中で撮ったものです。
				右からシンディ さとか(次女) ジャック(黒ラブ) あや(長女)です。新緑の風と、まぶしい日を浴びて気持ち良さそうなシンちゃんと笑顔いっぱいの家族が写っています。 さとう動物病院院長、佐藤先生より「盲導犬のボランティアをしませんか?」とお話をいただきました。大切なシンディをお預かりするのに盲導犬の知識も少なく、家族4人不安を抱きながら緊張の面持ちで2010年1月、日本盲導犬協会へユーザーの蛭田さんと盲導犬シンディに会いに行きました。
 シンディは9歳のラブラドール、かわいい洋服を着た女の子でした。笑顔でシッポをぶんぶん振りながら私たちの顔をなめて迎えてくれたとき、当初の不安はふっとびました。
 第一印象は“人懐っこい おりこうな かわいい 女の子”。
 そうして我が家はシンディと先住犬ジャック(黒ラブラドール5歳)との生活が始まりました。
 2013年10月23日に亡くなるまでのシンちゃんと過ごした3年9ヵ月は、家族みんなの心を豊かにしてくれた何ものにも かえがたい日々でした。

シンディとジャック

 山登りでシンちゃんは頂上の展望台にいち早くルンルンで上がり、ジャックは尻込み。川ではシンちゃんは石渡りをポンポンあっという間に向こう岸に、ジャックはやはりこわくて尻込み、抱っこして渡る始末。
 まさに肉食女子と草食男子。
 散歩の途中、小さいワンちゃんと会えばシンちゃんは上手に遊んであげます。そこにジャックはなかなか加われず「シンちゃん僕も遊んでよ」とうろうろしていると「おいで」と言ってジャックを誘い、みんなと上手に遊んでくれるお姉さんのような存在でした。
 家では二匹 頭をくっつけながらヘソ天でいつも寄り添って寝ていました。互いに見えないと捜して、姉弟のような また恋人のような仲でした。
 シンちゃんが悪性腫瘍で亡くなった2か月後、ジャックの尾に普段では絶対に見過ごしてしまうような小さな脹らみに気づき、調べていただいたら悪性腫瘍とわかりました。尻尾を切断しなければなりませんでしたが、転移を免れました。シンちゃんが教えてくれたんだ!・・・ シンちゃんの病気を思い出すと今でもつらくなりますが、シンちゃんがジャックを見守り助けてくれたのだと思います。
 これからも、きっと。

人をつなぐ力

 シンちゃんが小さい頃からお世話になってきた大勢の方々に、私たちを引き合わせてくれました。我が家にくる前の話や たくさんのことを教えていただいた皆さんとは、シンちゃんの おとぼけエピソードで大爆笑したこともありました。また、散歩で一度会った方々は「人懐っこい賢いシンちゃんだ!」と覚えていて、会うと必ず声をかけていただきました。今でも「シンちゃんは?」と声をかけられます。
 近所ではほとんど盲導犬を見ることはありませんが、シンディが盲導犬だったとわかると みなさんが「お仕事ごくろうさまでしたね」と可愛がっていただき、盲導犬への尊敬の意識が高いことに驚かされました。
 本当に人が大好きで、また誰からも愛されていたシンちゃんは人と人をつなぐ力があったのだと思います。

シンちゃんへの想い

 亡くなってまもなく3年になろうとしていますね。
 よく晴れた穏やかな日には、天真爛漫なその笑顔に会いたくなります。
 はじめて我が家へ来た日、家族全員でお散歩に行きましたね。まるでずっと一緒にいたかのように、田んぼのあぜ道をルンルン♪で先頭を歩いていました。シンちゃんの鼻歌でも聞こえてきそうだったのを覚えています。
 毎日の散歩や公園、川遊びに山登り、いろいろな所へ行ってはいつも先頭にたち風をきって歩いていました。
 暑い夏の散歩では、「暑いからいいよね?入っちゃうよ!」とチラチラお父さんの顔を見ながら用水路へダイブ!じゃぶじゃぶ水遊びとかした時もありましたね。かけっこでは5歳も年下のジャックをあっという間に追い抜いてしまい負けず嫌いな一面も。
 また、へそ天でお昼寝、よそ見をして段差でずっこけたり、娘達が買ってきた誕生日のケーキを一口で食べてしまい娘が がっかりしたり、お茶目なシンちゃんの思い出はつきません。娘達が嫁いでからは、いつもお母さんに寄り添っていた少し寂しがり屋のシンちゃんが目に浮かんできます。
 ジャックにとって姉であり、友でありまた先生でもあるシンちゃん。私たちはシンちゃんに頼りっぱなしでしたね。やんちゃで臆病な息子の面倒を見てくれてありがとう。シンちゃんのおかげでジャックも一人前に犬友達と遊べるようになりました。
 シンちゃんがいなくなってしまった時はどうなることかと心配したけれど、安心してね。今は元気にしていますよ。
 4年足らずの短い日々ではあったけれど、シンディ・・・一緒に過ごした時間は私たち家族にとって かけがえのない思い出となりました。もっともっと楽しい時間を過ごしたかったのに・・・。
 シンちゃんありがとう。大好きです。

 天国でもルンルンしていますか?


 

第四話 "ボクだって おりこうなんだもん !"

お気に入りの和室で、最近のアウ君 キラキラとした目の輝き、自信に満ちあふれた凛とした姿、ユーザーさんと共に私たちの前に現れたアウディを、私は一瞬眩しく感じた。
 しばらくの談笑の後、心残りではないかと心配する私を後目に、ユーザーさんはそれはそれは潔く共同訓練に入っていかれた。
 当のアウディは、ライトハウスの庭を一回りして、わが家の車にサッと飛び乗った。
 そして、しばらくすると私の膝に顎をあずけ、小さくあけた目でじっと見つめる。
 緊張していた私も「よろしくね」と言いながらそっと頭を撫で続けた。
 初めての夜「アウディよく家にきてくれたね」と話しながら、二人リビングでおふとんに入る。
 穏やかな日々が続いて12日目、朝起きてみると、玄関に4回もの下痢のツー(うんち)があり血が混じっている。 
 フードしか与えていなかったのにどうしてだろう。
 病院で薬をもらい、またアウディと一緒に寝る毎日「アウ君、母さん おふとんからはみ出ているんだけど」後日、撮り溜めていた写真を見てはっとする。
 まんまるく真っ黒なアウディの目に、寂しそうな影が滲んで(にじんで)いた。
 「アウ君、気がついてあげられなくて ごめんね。新しい生活を受け入れようと、懸命に耐えていたんだよね」「とっとりNOW」という広報誌に、ドッグセラピーのことが紹介された。
 ハーネスの会のリタイア犬4頭で、老人保健施設を月1回訪問させていただいていた。
 利用者さんの輪の中で、思い思いのスタイルでのんびりとした時間を過ごす。・・・が、時が経ち、今ではアウディだけとなった。
 「遠くからよう来て ごしな はったなあ」の言葉を面映(おもは)ゆく感じつつも、「動かなかった手が、アウディにさわろうとすることで動くようになった」とか「笑うことのなかった利用者さんに笑顔がもどった」など、うれしい言葉をいただくと、喜んでもらえてよかったと改めて思う。
 「アウ君やったね」でも、当のアウディはちょっと人がにがてである。
 夫が、車椅子(くるまいす)と車椅子の間にアウディを連れて行き、私が、出ようとするアウディのおでこを手の平で止め「アウ君グッド」となだめる。
 夫も、私も、汗だくで奮闘すること30分「今日はこれで終わります」と挨拶をするやいなや、アウディの体はすでにエレベーターの方に向いている。
 この日のいちばんの楽しみは、帰り道のパン屋さんでフランスパンを買い、アウディと二人で食べること。
 「よく噛んでね」という言葉も耳に入らないらしく「もぐもぐごっくん」そして、じっと私を見つめる。
 「順番こ、じゅんばんこ」ほっこりとした満ちたりた時間。

 もうすぐ14歳という3月の終わり、アウディの横腹に親指の先ほどのしこりを見つけ、もしやと思い病院へ行く。
 二週間後の夜、院長先生から電話があった。
 覚悟はしていたものの、最悪の結果を聞きながら足が震えた。「アウ君大丈夫。どんなことがあってもいつも一緒だよ」
 夜7時、手術が終わったアウディのお迎えに、夫と二人で行く。
 「アウ君」と呼びかけると、足に点滴針を刺したまま、麻酔の覚めない虚ろな目で立ち上がり、うれしそうにしっぽをふる。
 腹巻を巻いたような白い布が、17針も縫った大手術をものがたり、その姿に「頑張ったね」と何度も声をかける。
 その夜、私の傍らで眠るアウディの寝息を聞きながら、あんなに苦しかったことが嘘のように、安堵の気持ちでいっぱいである。
 最近、リビングのハウスに入ることが少なくなった。
 私のくしゃみにさえびくっとして起き上がるほど、物音に敏感になった。
 そのせいか、昼間でも、静かな和室のおふとんがお気に入りだ。
 リビングにいると、廊下から遠慮がちに顔半分を覗かせ「早くこっちに来てよ」と私を誘う。
 夜、アウディの温もりを感じている手から幸せが伝わってくる。
 両手足を無造作にのばし、ようやく寝入った姿に「おやすみ」とそっとつぶやく。

平成28年度 執行部組織

 会長 郡司七重
 副会長(事務局担当) 蛭田友子

 理事 会計部 生長善治郎
 理事 情報部 山本誠
 理事 会報部 すきっぷ担当 溝尾智重子
 理事 会報部 池田純
 理事 問題対策部 杉元忠幸
 理事 問題対策部 杉元あけみ
 部員 問題対策部担当 栗田陽子

 監事 森田富廣(とみひろ)
 監事 内藤夏子

 相談役 清水和行

「新会長としての抱負と願い」


 「全日本盲導犬使用者の会」を2015年度から1期2年間舵取りを担わせていただくこととなりました郡司使用者の足元に伏せて待機する盲導犬七重です。
私は盲導犬と生活するようになってほぼ35年となりますが、この間には社会の中での盲導犬を取り囲む環境には大きな変化がありました。 その一番大きな変化は補助犬法という法律で私たちの生活が守られるようになったことです。
 ただ私は時々守られていることが、私たちの日々を傲慢にさせてはいないだろうかと思うことがあります。 「補助犬法」という法律を前にかざせば、何事も受け入れてもらえる、許されると勘違いをしているのではと思うような使用者に遭遇するとき、とても哀しい気持ちになります。
 私たち使用者はもっと謙虚にパートナーのコントロールに励み、もっとひたむきにパートナーとの前向きな生活を目指さなければならないと、私は考えます。 「権利」を主張すれば、必ず「義務」がその裏づけにあるように、私たちは「補助犬法」という大切な法律をしっかり抱きながら、使用者としての強い自覚を持って足固めをしてこそ、その上に未来への発展的展望を図られるのではと私は思うのです。
 この願いを基本軸として「全日本盲導犬使用者の会」の未来の基礎作りに取り組む、それが私の会長としての任務だとも受け止めています。 この思いのこもったバトンを次の時代を担う人たちに手渡す、これが当面の会長としての私の努めなければならない方向性と信じて舵取りをする、これが私の強い意志です。
 どうぞ私のこのあふれるような想いをご理解いただいて、皆々様の暖かな応援をよろしくお願いいたします。